キリンホールディングスのオウンドメディア(公式note、KIRINto)を担当する平山高敏さんが2023年2月に出した著書『ステークホルダーを巻き込みファンをつくる!オウンドメディア進化論』を読みました。
私も広報でオウンドメディアを4年担当してきたので共感できる点がたくさんありました。私は4月からメディアリレーションの課に移動することになったので、Web・SNS担当の締めくくりも兼ねて感想をまとめようと思います。
書き連ねていたらだいぶ超大作になってしまいましたが、ぜひお付き合いください。
オウンドメディアの特徴・価値
オウンドメディアの特徴・価値は、本書でも触れられていましたが、私は大きく3つだと考えています。
- 論調をコントロールできる
- 発信したい情報をコントロールできる
- 無期限で蓄積できる
従来の広報発信は、マスメディアを介する方法が主流でした。ただマスメディアを介した情報発信では、論調を完全にコントロールすることはできません。メディアリレーションやメディアレクを通じて正しく導くのが広報の腕の見せ所でもありますが、なかなか思い通りにはいかないこともあります。
また、マスメディアは全ての情報を発信してくれる訳ではありません。社会影響度が高いものや話題性のあるものは取り上げてもらえますが、地味なものなどはスルーされてしまいます。
また、マスメディアでは取り上げられにくいもののひとつに「プロセス」もあると思います。わかりやすいプロダクトや成果があるものはよいですが、例えば、研究道半ばで見せられるモノがない場合には、その伝えづらさから扱ってもらいにくいです。
一方、オウンドメディアは自社で論調も取り上げるネタもコントロールできるため、社内承認さえ取れれば全て発信することができます。地味な情報でもまだまだ途上のファクトも発信できます。
実現に向けた想いや過程のエピソードには、企業の姿勢もあわられやすく共感を生むこともできます。また、プロセスをコンテンツ化して記事を蓄積しておくことで、最終的なファクトが出たときにバックストーリーとしても活用できます。
以上がオウンドメディアの特徴であり、マスメディアなどでは実現できない価値だと思います。
ただし、マスメディアは拡散力があるメディアではありますが、オウンドメディアはそれ自体に拡散力はありません。公開しただけでお客様に届かなければ意味はないため、オウンドメディアではコンテンツの拡散、PVの獲得がセットの課題になります。
オウンドは同心円状に広がっていく
オウンドメディアは基本的に「待ち構えるメディア」です。マスメディアのような拡散力はありません。そこで大切な考え方になるのが、同心円状に広がっていくという考え方です。
オウンドメディアのコンテンツは誰かが取り上げてくれないと広がっていきません。マスメディアや広告のように大衆向けに一気に見せるものではないため、ひとりひとりの読者が自身のSNSなどにシェアすることで広がっていきます。
よくあるオウンドメディア運営でのズレや違和感は、この感覚知を持ってないために起こるものが多い気がします。広告と同じように、大規模調査やマス分析で得られた傾向に沿ったコンテンツを作っても、オウンドメディアは広がっていきませんし、何より調査で見られた傾向に沿ったコンテンツを作ってもマス広告と同質化してしまいます。
熱量のある共感者とのコミュニケーションをとるという視点が何より大事で、より具体的な読者イメージを持ちながら発信していくことがポイントになります。
私の会社では、大規模調査結果は信憑性あるデータとして扱われる一方で、SNSの声は氷山の一角だとぞんざいに扱われることも多いですが、オウンドメディアでは、具体的な人のイメージを強く持てる担当者の方がいいコンテンツを作れると思います。
自分がターゲット層に近い場合は、多少主観的で決めてもいいと思います。万人の意見を聞いていたら角が取れた何の特色もない記事ばかりになってしまいますから、自分が面白いと思えるかという主観的な判断軸も大事だと思います。
転校生的な視点をもつ
ブランドや企業が自らジャーナリズム(報道活動)の視点を持ってオウンドメディアで情報を展開し、認知度を高めていく活動のことを「ブランドジャーナリズム」といいます。社会的な視座、第三者視点で自社を語ることで、一般的な広告では語りきれない企業姿勢を伝えることができます。
私もいつも自分は社内ジャーナリストだと思いながら仕事をしていました。ただ、社員が企業の一員として自社のために情報発信する以上、完全なる第三者視点・読者視点での発信は難しいものです。だからこそ「転校生的な視点」というのはちょうどよい表現だと思いました。
また、オウンドメディアの担当は、社内の情報を「面白い」とされるコンテンツにスタイリングしていく力が必要だと書かれていました。情報の中から光るものを見つけて適切な見せ方にスタイリングしていくには、担当自身が情報を面白がれるマインドを持っていることが重要であると。
さらにそこに「転校生的視点」を持ち合わせることで、社内で当たり前とされることでさえもコンテンツへと変えていくことができるのかもしれません。
著者の平山さんもキリンに中途入社したときに、従業員が語る商品に対する愛情や思い入れに感動し、そういったエピソードを社内外に発信したいと思ったことが公式noteを始めたきっかけだと言います。まさに転校生の立場だからこそ感じる「面白い」がオウンドメディアの起点だといいます。
私も今の会社に中途入社したときに、本当にいろんな研究開発や事業があることを知りました。カーボンニュートラルなど大きな社会課題に向けて取り組む人もいれば、目の前の人を喜ばすために研究開発をしている人もいます。多様なバックグラウンドを持った人がそれぞれの想いを持ちながら取り組んでいて、なんて面白い会社なんだろうと思いました。
まさに、私も平山さんと同じくこんな面白いのにほとんどの人が知らないなんてもったいないという気持ちで発信をしてきましたし、それは、外から来た人間だからこそできたことなのかもしれません。
メディアの軸足を「内側」に向ける
本書では、キリンのオウンドメディアの理想形は「社内・社外両方に求められている状態」だとありました。
「ソーシャルインサイトを掴め」「読者目線が命」など、オウンドメディアやPRにおいて社会や読者との接点・関わり方はよく語られる内容ですが、社内について語られることは少ないように感じます。
私も数年前までは、社外に向けた観点でしかオウンドメディアのあるべきを考えたことがありませんでした。社内から情報収集し、形を整え、それを発信することで届けていく、それこそが広報の仕事だと思っていました。
ただ継続的にメディアを運用していくには、社内からのニーズがあるということも大事になってきます。社内から常に「取り上げて欲しい」と声がかかること、そして発信したコンテンツを通じて、会社の目指す方向性が社員に浸透していくことが理想の状態です。
社外だけに視点を置き、PV獲得ばかりに目をやると、社内からの要望に応えるのがおざなりになる可能性があります。だからこそ、複数の指標を持ってバランスよく追いかけることが大切、とのことです。
トヨタ自動車のオウンドメディア「トヨタイムズ」は、インターナルコミュニケーションへの課題感から立ち上がったことで有名です。世界で36万人もいる社員に向けて、社内で社内報を回すような従来のインターナルコミュニケーション施策では不十分だと、社内・社外の区別なくコンテンツを発信するメディアとしてトヨタイムズを活用しています。
私の会社では、社外広報・社内広報は分かれており、それらは別物として施策を行うことが多々あります。社内広報は、社員しかしれない「特別感」のある情報を展開する施策をよく行なっています。
そうした施策を否定する訳ではないですが、大企業であればあるほど組織のサイロ化が進んでおり、隣の部や課が何をしてるかすら知らないということも多いはずです。そうした中では、「社員限定のプレミア情報」よりもむしろ「隣の部の〇〇さんの仕事内容とその熱量」について知れる方が、自分のモチベーションアップや会社への愛着を高めることにつながると個人的には考えています。
こうした発信は社内・社外問わず心を動かす力を持っているので、組織の形にこだわらず、社内・社外の広報が協力し合えるともっともっと発信はよくなるだろうと思います。
取材対象者の「代名詞」になる記事を作る
また、インナー視点でもうひとつ、オウンドの記事は取材対象者の「代名詞」になる記事・コンテンツにするのがポイントだと語られています。多少長くなってでも取材対象者の「代名詞」になる記事を作るべきだという考え方には強く共感しました。
私もインタビューを経て作った記事はわりと読み応えのある記事になりがちです。面白いもの、思いを込めて作ったものほど長くなってしまうことも多いです。
ただそうした記事が多くなると、社内外の関係者からちらほらと「もう少しサクッと読める記事も作った方がよいのでは」「忙しいビジネスマンが読む記事はだいたい1,500〜3,000字らしい」などという意見が出てきます。また、KPIであるページスクロール率の数値から「スクロール率改善のために文章を短くしよう」という意見も出ます。記事は短いことが正義という空気感は簡単に醸成されていきます。
たしかに、文章が洗練されておらず無駄に長い記事は短くすべきですが、想いのこもった超大作は決して悪いものではないと私は思います。会社のビジョンや方向性・想いを発信するメディアであれば、能動的に情報を取りに来る人が主な読者となるため多少長くても問題ないと考えています。
逆に「短く読みやすく」に囚われすぎると記事は同質化していき、読みやすくても誰にも刺さらない記事・コンテンツが量産されてしまうことになります。さらに、視点を広げると外部メディアの記事との差もなくオウンドメディアで記事化する価値がわからなくなっていきます。
そのため、多少長くなっても良いから、読者だけではなく取材対象者にとってもいいものを目指すというのはとても共感できるポイントでした。取材対象者が「自分の営業ツール=代名詞」として活用できる記事は、非常に価値のあるものだと思います。
私も取材対象者から「発信のおかげで社内で研究の認知が上がって仕事がしやすくなった」「渉外活動のときに記事があるおかげで説明しやすくなった」という声をいただくことが何度もありました。
取材・原稿確認には少なくとも3時間は必要であり、皆さん忙しい合間をぬって取材に協力してくれます。世に情報が出ること自体を喜んでくれる方も多いですが、それに加え、事業や研究の直接的なサポートにつながるのは、まさに発信の理想形だと感じます。
ときに、発信は、社内をドライブするために活用されることがあります。社外に何らかの目標を発信してしまえば、組織一体となってそれに向かって取り組んでいかなければなりません。発信というのは、社外からの認知・好感の獲得だけではなく社内を変えるために使うことができるのです。こうした社内観点も鑑みながら、オウンドメディアを運用するとさらなる深みが出てくると思います。
闇雲に数字”だけ”を追及しない
費用をかけてオウンドメディアを運営している以上、効果測定を行うことは必要です。一方で闇雲に数字”だけ”を追求すると、よくある手段と目的が逆転した状態となってしまいます。
成長させることはメディア運営において大きな目的のひとつです。しかし、成長”だけ”を目的としたメディア戦略はどんどんメディアを「大味」させるとともに、メディアとしてどんな発信を通じてお客様とコミュニケーションするかの議論を薄め、数字をあげることを目的としてしまいます。
広報は、コミュニケーションの仕事をしているのですから、読者に企業の姿勢をどのように届けていくかを最も深く考えなければなりません。にもかかわらず、わかりやすさ故、マネージメントが数字を押し付けてくることも多いものです。また思考停止してしまうとわかりやすい数字ばかりに目が行ってしまいます。まさに、メディアが陥りがちな姿でしょう。
短期的な数値達成ももちろん大事ですが、最も大事なことは長期的な価値浸透です。「企業の姿勢を伝え続けること」そうしたメディアの方針を見失わないように、目的を明文化しておくことは非常に大事だと感じます。
企業である限りマネージメントや担当者は2〜3年おきに変わります。その度にメディア戦略が変わっているようでは、長期的な価値を生むことはできません。
KPI 至上主義であればあるほど、こうした長期的な視座での運用は難しくなります。そのため「KGIの設定のみで、戦略的にKPIを設定しない」と決めるなど思い切った腹決めもときに必要だと思います。
少し細かい話にはなりますが、私もオウンドメディア運用をする上で、KPIを「量:PV」と「質:読了率(ページスクロール率/滞在時間)」の2つは必ず設定するようにしていました。数と質の指標は相反するためです。
検索流入など能動的に情報を取りに来る読者は、読了率は高い傾向にあります。一過性の話題づくりではなく、興味のある人が興味のあるときに見て深く納得させることこそがオウンドメディアにしかできない価値なので、こうした読者を獲得できるようメディアを進化させていくことは非常に重要だと思います。
一方で、検索流入の読者は量を獲得することは難しいです。さらに獲得するまでに時間も要します。そうなると、公式メルマガや広告の配信など「プッシュ施策」を追加し、短期的な数も取りたくなるものです。プッシュ施策は、費用をかければかけるだけ数は獲得できますが、質はかなり落ちます。公式メルマガなど既に自社への関心度の高いファンへの配信であれば、質と両立することもできるかもしれませんが、基本的に受動的なスタンスの読者は質が低いのが一般的です。
そういった背景から私は相反するKPIを設定するようにしていました。それは、両方を追い求めるためではなく、どちらか一方に暴走させないためです。例えば、目標値がPVだけであれば、プッシュ施策を実施し続ければKPIは容易に達成できますが、そういった取り組みは継続性が低いですし本質的ではありません。だからこそ、複数の指標を持ってバランスを保つことが大切です。
本書でも一定期間のPVやリーチを参考にした「瞬間的な共感者の獲得」に「タテとヨコの面積」を追加してコンテンツを総合的に評価して、ヘルシーにメディアを運用しましょうと書かれていました。改めて読んでみてください。
課題曲と自由曲を設定する
この記事もだいぶ超大作になってきたので、これで最後にします。最後に紹介するのが「課題曲」と「自由曲」を設定するという考え方です。
「課題曲」は、合唱コンクールで全クラスが共通して基本に忠実に歌うことが求められるものです。そして「自由曲」はクラスの”色”を見せるためのものです。
インナーからのオーダーに対して、メディアのコンセプトに沿った形で忠実に仕上げるものを「課題曲」と捉え、一方でインナーからの要望からは離れ、オウンド独自の企画として作り上げるものを「自由曲」とするのです。
これは非常にわかりやすい表現だと思いました。企業のオウンドメディアなので「企業として言いたいこと」をうまくコンテンツ化することがオウンドメディアの基本運用だと思います。ただ、企業が言いたいことがすべて読者からの関心を集められるわけではありません(読者から関心集められるようにアレンジを頑張っても限界があります)。また、そうした記事だけだと、”かたい”メディアなってしまい、読者がとっつきづらくなってしまいます。そのため、程よく「自由曲」を入れていくことが大事になります。
ただ、これちゃんと意識をしてないと、PVが取れる・読者が求めているという理由で「自由曲」に企画が偏りがちだったりします。だからこそこの「課題曲」「自由曲」という表現が的確だと思いました。「自由曲」はあくまで「課題曲」あってもの。しっかりと「課題曲」をこなした上で、プラスアルファで「自由曲」で色を出すというのがスッと落ちる表現です。
以上、非常に長くなりましたが、この本を読んで、私が普段考えていたことと重なった点をまとめてみました。私は実務経験が4年もあるので、実は、オウンドメディアの教本を読んでも新しい学びはないだろうと思いながら「まあ一応」という気持ちで読み始めました。が、結局、この本を読んだことで思考が整理され、とても勉強になりました。
「言語化する力」というのは何よりもすごい力だと思います。今回まとめた内容は日々の業務で感じていたことばかりで、私も形は違えど議論の土俵にあげてきたものばかりでした。ただここまで人に明確に伝えられるほどに言語化できていたかというとそんなことなく、もっと抽象的な伝え方になっていたと思います。
複数人でつくるメディアなのでやはり言語化というのは重要ですし、自分が担当から外れた後もそのメディアが継続して運用されていくには、言語化された編集方針が必要だと改めて思いました。
いろいろ書きましたが、面白い内容でサクッと読めるので、皆さんもぜひ読んでください〜!
おわり。